会長挨拶

かしこく縮む

5月7日の朝、月齢19.6の月が青空に白く浮かんでいました。

この月は、大きくなっていくのだろうか、それとも小さくなっていくのだろうか。「“D”に見えたらかくなり、“C”だったらチィさくなっていく」と、幼い頃に聞いた話を思い出していました。

教員になった私は、このことを子どもたちに教えてきました。理屈抜きの読み取り術によって、子どもたちの観察意欲は高まり、クラスの朝は月の話題から始まっていたものです。

まだ陽は西に高く、白い月山が青空に浮かんだまま、令和8年度の評議員会が終わりました。安堵の気持ちは感謝に変わり、評議員の皆さまの帰路の無事を祈っています。

今朝の月は、これからCちゃくなっていって、9日後には見えなくなってしまうけど、消えてしまうわけではありません。そして、再びDかくなっていき、自ら光らずとも心を灯してくれるのです。

右肩上がりの時代にできた組織が存続の危機を迎えています。会員数が減り、お金が不足する縮小社会になっても、依然として変わらない姿でいることはもう許されない時代になったのです。

“D”と“C”の違いは、膨らみの方向が逆になっていることです。今は縮んでいても、膨らむ日が必ずやってくる月は幸せ者だなぁとつくづく思う一日でした。

見る人に 物のあはれをしらすれば 月やこの世の鏡なるらむ 崇徳院(風雅和歌集)

見る人に“もののあはれ”を知らせてくれる月とは、この世の鏡なのでしょうか。

 

2026年 5月

 

山形県退職校長会  

 

会 長  鈴 木  弘 康


あけましておめでとうございます

 

ここに桜が咲いていた中庭があって、そこにあった体育館は跡形もなく、ただ異様なコンクリートの塊だけが残っている。

あの大川小学校。15年が経ち、この震災遺構を取り巻く空気が変わってきている。

灰色の空から舞う白い雪、地を裂く揺れが体に残り、不安に染められた声が交差していた3月11日。しかし、「そこに自分を置いて想像する悲劇の防災教育で終わりにせず、希望につながるものにしていかなければ・・・」と佐藤敏郎さん(大川伝承の会)は語る。

不登校、いじめ、学力など不易の課題に、高校の定員割れや部活動の地域移行、知的障がい児の増加など難題が重なる。右足でアクセルを踏み、「個別最適な学び」と「多様性の包摂」という高い標的に向かうものの、働き方改革のブレーキを踏みながらでは腰が入らない。

現職校長会との懇談会では、現場の大変さが伝わってきて、想像するだけ同情が湧いてくる。この10数年間、いつもの時間を使って、理解はそこまで達して終わっていた気がする。

今年は、学校に足を運んでみませんか。子どもたちがタブレットを使っています。先生の指示を極端に減らした授業もあります。それでも、変わったように見えた授業も、次第に馴染んできて、かつて自分が使っていた言葉で読み解くことができるはずです。

私は、授業を見せていただいたら、どんな小さなことでも価値づけてやりたい気持ちに駆られます。何より、自信を持ってもらいたいからです。子どもたちの学ぶ意欲の高さ、多様な考えを引き出す問題場面の構成などを称賛するだけでなく、未熟でも懸命な教師の姿には目頭を熱くし、立ち往生すれば自分の胸を詰まらせることもあります。なぜなら、誰もがこんな時代を過ぎて、私たちはいるのですから。希望に向かう言葉が待たれています。

 

2026年 元旦

 

山形県退職校長会  

会 長  鈴 木  弘 康

 


第51回東北地区退職校長会協議会山形県大会 開催県会長挨拶         

令和7年10月9日

山形県退職校長会 会長 鈴木弘康

 

 第51回東北地区退職校長会協議会を、山形県で開催できますこと、大変嬉しく思っています。

東北協議会半世紀の歴史は重く、これを次世代に繋いでいくことは私たちの使命です。

しかし今、その繋いでいくことの難しさを感じています。

○ 学校数が減り、会員数が減ることは大きな悩みです。

○ 年金環境の変化で就労は進み、定年延長は断りの理由になりました。

○ コロナの自粛ムードが晴れないまま、本会の存在意義が問われています。

先輩に誘われ「ノー」と言えなかった私たち、現状を嘆くほど未来が曇ります。気力と体力、そして、組織を動かす筋力が悲鳴をあげています。 しかし、どうでしょうか。

県内各支部に足を運べば、何とも心強いつながりの中で、60年間大事にされてきたものが引き継がれているではありませんか。その地域への思いが(たぎ)る今こそ、次なる手を打つべき時代を迎えていると思います。

理事会では、本協議会の在り方についての協議が始まりました。役員改選と次期開催要項の決議だけだった理事会で、歴史的協議が始まりました。

これはとりもなおさず、「退職校長会は何するところや」への問いであり、まだまだ会員の満足に応えきれていない我々への激励と受け止めています。

  福士会長さんの思いを共有し、「新たな時代を迎える山形大会に!」となりますことを願い、あいさつとさせていただきます。  



監査を終えて-事務局の財務状況-         

令和7年3月吉日

山形県退職校長会 会長 鈴木弘康

 

1 「30年間据え置き」を誇りにして

 年会費1,500円(内400円は全国負担金)は、30年間維持されてきました。この額は、費用対効果を考えた場合、全国や県の「会報」配布があるものの、もっと何かできるのではとの思いが続いていました。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)は、業務の効率化、活動の創出、会員の満足など、将来その解決策になるととらえています。近年、メール交信やHPでの情報交流が可能となり、オンライン会議への挑戦を待つまでになりました。暫くは、対面しての会議や紙ベースの情報を併用しながら、会費の30年間据え置きを誇りにして「会費は上げずに質は落とさず」の気概で進んでいきます。

 

2  この10年、収入約2割減

 

平27

令元

令4

令5

令6

納入者数

1,824

1,782

1,733

1,541

1,495

会費収入

274

267

260

231

224

 

 この10年間で会費収入は50万円減少、2割近い減収となりました。その内訳は、令和5年度に導入した会費免除制による-36万円が7割以上を占めています。残り-14万円は、学校数減、年金環境の変化や定年延長、コロナ禍などによる減少と推測されます。

来年度はさらに-12万円が見込まれ、その内の7.5万円は、上山支部解散による減収と試算しています。この難局を今は事務局員の懸命なる経費節減の努力によって凌いでいる状況にあります。

 

3 今後へのお願い

 時代の移ろいの中で先人たちが築いた「教育への情熱」を再認識した「結成60年」でした。

 事務局では、「持続可能組織づくり」を旗頭に、更なる経費節減策としてのDX推進、東北協議会のミニマム化などに向かっています。 

 最大の悩みは会員減少による収入の落ち込みです。現在、各支部において、会員確保にご尽力いただいているわけですが、「役職定年=本会入会」の原則のもと、入会の意義を熱く語りかけていただきますようお願いいたします。

 

 

 


力強くもしなやかに

令和7年1月10日

山形県退職校長会会長 鈴木弘康

巳年は、復活と再生の年です。脱皮によって成長する蛇は、その生命力から「不老長寿」を象徴する動物として、また神々の使いとして信仰の対象とされてきました。本年が、本会にとっても力強くもしなやかな年となりますことを願っています。

年頭にあたり、令和7年度に向けた所信を述べさせていただき、あいさつとさせていただきます。

持続可能な組織へ 止まらない少子化の中、会員減を嘆いたところで身も心も縮むばかり。なんとか知恵を集めて、持続可能な組織への脱皮を図る時期を迎えています。誰もが願う幸せ、そして納得と充実の人生、その一助として本会を位置づけていただけるよう努力してまいりたいと思います。各支部では、社会とつながる「学校の応援団」「地域貢献」などの活動、仲間とつながる「立ち寄り処」「会誌・会報」などがあります。こうした大切な活動を続けていくためにも、「何が変わらなければならないか」の検討を加え、古い皮を一枚脱いで、力強くもしなやかな運営組織に近づければと願っています。

 

新たな教育研修会の策定 「おらほの自慢!『やまがた教育』の原点を探る」シリーズは、令和7年度開催予定の上山地区が脱会したことで、6年度に行われた山形地区で終了しました。空白となった7年度の研修会は、前例に倣って結成60年記念講演をもって代替することとし、1年間かけて新たな教育研修会の立ち上げていくことになります。

 現在、「シリーズの継承」を念頭に置いた検討を進めています。教育への信頼が揺らぐ昨今、「教育県山形」の誇りと自信を蘇らせたいとの強い思いから。各地域に残る教訓や教育文化を新たに顕在化させていきたいと考えています。

また、多くの会員参加、市民参加での開催を望む声があります。これまでは、旅費の補助を受けた会員のだけの参加でした。社会に目を向けた時、意識転換は避けられません。まさに、一会員として自らの意志で参加できますかと問われてくるのです。

東北協議会の主管開催 第51回東北地区退職校長会協議会山形大会が、令和7年10月9日()~10日()に山形国際ホテルで開催されます。現在、ホテルの見積り額に青息吐息。もはや、小手先の節約で乗り切れる段階をはるかに越え常軌を逸した物価高に悩んでいます。鉈を振るうにも、理屈が求められる。東北協議会で「何を」「なぜ」「いかに」の原点に立ち返り悩んでいるところです。各支部の皆さまへの協力は、春の評議員会までにはお願いできるようにしたいものです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 


56.%ショック

令和6年7月27日

山形県退職校長会会長 鈴木弘康

6月、東京での理事会で、「加入率が56.%(令和5年度末)なのよ」と福島県の福士会長に投げかけたら、「同じですよ」と渋い顔ながら、彼の口から出たのは「6割から7割」という数字でした。それに「3月末の集計だから…」と返した覚えがあります。「56.%ショック」、その相対的に低いと知った数値に対する気恥ずかしさが加わった瞬間でした。

山形県では、令和5年度末に72名の校長先生方が役職定年なされ、41名の方から入会していただきました。4年度93.9%、5年度84.8%と比較的高かった入会率が一気に下がりました。

新たな要因としては、令和5年度から定年延長が2年に1歳ずつ繰り下がったことがあります。事務局としては、それを見越して「役職定年=入会始期」を呼びかけていたのですが、無念な数字が出てしまっているようです。役職定年後、誰もが就労する時代になりました。「働いているから現役」という意識も当然あると思います。ただ、わたしたちが危惧するのは、この入会始期を逃せば、「機を失するのでは」という懸念です。

全国の会議では、いろいろな方とお話しさせていただいて気付くのが「会費の安さ」です。県費1,500円を入れても、本県の場合は、どの支部も3,000円~5,000円の中に入っています。大まかに言えば、西日本は約2倍で東日本は1.5倍です。活動はそう変わりません。むしろ、本県の支部の方が、会報や会誌の発行や地域とのかかわりでは勝っていると感じています。定年延長や再任用で働く会員に会費の割引制度を取り入れている県もありました。総会を土日にもっていく動きもあるようです。

この春、支部総会を参加させていただき、どこの支部でも「心の結束と笑顔」に出会い、幸せというものを感じてきました。これからの人たちに伝えたいのは、この空気感だと思います。何かが生まれそうなドキドキ感、気遣いの中での癒し、そして久しぶりに会った喜びを、現職校長との会話の機会を増やすことで知っていただければと思ったところでした。

 

 

 


結成60年“束ねる”から“つなぐ”へ

 令和6年3月15日 

山形県退職校長会会長 鈴木弘康

山形県退職校長会が結成されたのは昭和40年10月22日です。以来、「会員相互の親睦」、「生活向上への活動」、「教育の振興・充実」を目標に掲げて60年になりました。

その間、社会の変化は目まぐるしく、とくに近年は、年金環境の変化などによって、就労を基本とした役職定年後の暮らしが定着してきました。それにコロナ禍の影響も重なり、諸活動への参加者が減り、勧誘するに難しい状況となってきました。

私は、ある退職者組織で10年間チラシ配りをしてきました。いつまでもやれませんから、そろそろと思ったのですが、後を継いでくれる人がいません。随所で同じようなことが起きているのではないでしょうか。確かに、こうした背景には、退職者減と就労、会員の高齢化などがあるのでしょうが、果たしてそれだけなのでしょうか。

過日、本会の『20年の歩み』に釘付けになりました。実は、60年前に山形県退職校長会を立ち上げたものの、12支部が揃うまでに2年半を費やしていたのです。「退職してまで」「退公会があるのに」「何すっとこや」などの疑念もあったようですが、発会に奔走した佐藤辰五郎氏が「じっくりと時間をかけて機運を」と回想している通り、徹底したコミュニケーションによる合意形成に歳月が費やされていたのです。そして、交わされた言葉の温度そのままに、熱い支部活動が展開されていました。

多様性は会話を通して見えるもの、会誌には違った人生観があります。何かでつながる、それは共に生きることなのです。

本会の要諦は支部活動にあります。その支部から必要とされる事務局でなければならないと考えてきました。そのため、ホームページの開設や全国に先駆けた会費免除制の実施など、これからも小さな努力を積み重ねていくつもりです。

来年度、組織としての存在意義を再構築するに当たり、山形県退職校長会は、「“束ねる”から“つなぐ”へ」を合言葉に、新たな時代へとシフトしていこうと考えています。

 


新年のご挨拶 

令和617

山形県退職校長会会 長  鈴 木 弘 康

能登半島地震に羽田空港での航空機衝突事故と、危機管理が問われる年明けとなりました。会員の中には、とりわけ被災地とのつながりがあって、悲しみに心を痛めている方がおられると思います。共に一刻も早く通常の生活に戻れることを願いながら、お見舞い申し上げたいと思います。

そうした中で、コロナ禍が去り、久しぶりに家族が集まることができたのではないでしょうか。隔絶されがちだった人間関係が、あらゆる場面で「つながり」を再生する年になればと願っています。

今、私たちは「萎む社会」を実感しています。「縮む」ならば「伸びる」ための準備もあるでしょうが、どうやら元に戻るのが難しい国になってしまったようです。誰もが将来を心配しています。どうしたら私は幸せになれるのかという悩みもあります。雰囲気として「私中心の人生観」が強くなっていくのも無理はありません。これは勧誘時の底流にある課題のような気がしています。

ともあれ、生きる意味と希望を見いだすのが難しい時代になったことは間違いないようです。あなたを待っている“誰か”がいて、あなたを待っている“何か”がある。そして、その“誰か”や“何か”のためにあなたにもできることがある。こんな存在意義を大まかに描きながら、本県退職校長会の在り方を発信していけたらと願っています。

 

           


ごあいさつ

令和5年9月

山形県退職校長会会長 鈴 木 弘 康

  ようこそ、山形県退職校長会ホームページにアクセスいただきまして、ありがとうございます。

 この度は、数年来取り組んできました「会員(仲間)の確保」の問題について整理し、さらに意見交流を深められればと思っています。

  1. 学校の統廃合による校長退職者の減少に始まり、
  2. 「退職後は縛られずに自由に」(組織への忌避感)がコロナ禍で高まり、
  3. 「でも、働かないと…」という年金環境の変化があり、さらに、
  4. 定年延長制度の実施によって、新入会員勧誘の在り方に大きな影響が生じてきました。

 本県では、いち早く「役職定年時入会」を掲げ、支部の意向や事情に添った勧誘に努めていただき、今年度、多くの仲間に加入いただくことができました。深く感謝申し上げます。そして、今更ながら「つながりを大切に」することの重要性を確信したところであります。

 問題はここからです。退職校長会の根幹を成すのは「支部での活動」であるということ、そのために県事務局は何ができるかを考えていくことです。6月東村山の支部総会で水戸部支部長さんが話されていたことを紹介させていただき、皆さんといっしょに考えていけたらと思っています。

 「退職校長会とは、退職した校長先生方の〝立ち寄り処〟ちょっとした〝居酒屋〟のような存在だと思っています。時々、気が向いたらちょっと寄ってみようか、懐かしい誰かと語ってみようかと立ち寄るところであっていい存在なのかもしれないと思っています。だからこそ肝心なことは、〝かかわりを大切にすること〟であり、そのために〝情報を伝え続ける〟こと、そして〝魅力的な活動を求め続ける〟ことだと考えています。」

 人と人、支部と県事務局、そして、現職と退職者とのつながりの中で、その時代に求める「退職校長会の存在価値は何か」を常に問いかけていかなければなりません。つながりたい時に通じ合える環境として開いたホームページも3年目を迎えています。「普及から活用」へと願っています。

 

 

 


会長のその他の挨拶

令和4年10月

令和4年5月